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広島カープ歴代レジェンドランキングトップ5!一位は誰だ?!

みなさんこんばんは、たかパパです。

今回は広島カープのレジェンドトップ5を
紹介していきたいと思います。

広島のレジェンドといえば、80年代の
黄金期の選手を思い浮かべる方が多いかも
しれません。

しかし、近年でもメジャーから復帰して
プロ野球を沸かせた黒田氏や低迷期を
支えた佐々岡投手、現黄金期を監督として
築いた野村氏や緒方氏など数々の名選手を
輩出しています。

そんな中でトップ5を選出するのはなかなか
難しかったですが、今回も成績やタイトル、
優勝回数などから異論・反論承知でトップ5
を選出し紹介していきたいと思います。

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第5位:広島唯一の200勝投手!北別府学


引用元:http://kitabeppu.com/

1975年にドラフト1で広島に入団。
その後1994年に引退するまでの19年間
広島一筋で過ごしました。

通算成績は515試合、213勝141敗5S、
防御率3.67。

キャリアハイは広島をリーグ優勝に導いた
86年でしょうか。
この年は、30試合に登板して18勝4敗で、
勝率.818、防御率2.43という成績で、
最多勝、最優秀防御率、沢村賞などを獲得。

獲得タイトルは以下の通りです。

最多勝:2回(1982年、1986年)
最優秀防御率:1回(1986年)
最高勝率:3回(1985年、1986年、1991年)
MVP:1回(1986年)
沢村賞:2回(1982年、1986年)
最終優秀投手:2回(1982年、1986年)
ベストナイン:2回(1982年、1986年)

5位にランクインした理由はやはり勝利数。
213勝は歴代19位の記録であり、広島の
球団記録。
また、広島だけで200勝を達成した投手は
北別府氏のみであります。
(のちに黒田氏が日米通算で200勝)

精密機械と称された制球力はプロ野球史上
屈指のレベル。
無駄のないフォームは今なお野球選手の
お手本となっています。

第4位:プロ野球史に残る打撃の天才!前田智徳


引用元:http://mainichi.jp/graph/2013/09/27/20130927org00m050003000c/005.html

1989年に熊本工業からドラフト4位で入団。
2013年に引退するまでの23年間を広島で
過ごしました。

通算成績は2188試合出場、2119安打、
打率.302、295本塁打、1112打点でした。

キャリアハイは打率.319、172安打、32本塁打、
87打点を挙げた2005年でしょうか。
この年はチームは最下位に沈みましたが、
前田氏自身は自身最高の安打、本塁打数を
マークしています。

主な獲得タイトルは以下の通りです。

ベストナイン:4回(1992年~1994年、1998年)

イチロー選手から「本当の天才」言わしめた
打撃の天才ですが、タイトルには恵まれ
ませんでした。

もっともタイトルに近かったのが自身最高の
打率.335をマークした1998年。
この年はわずか2厘差で横浜の鈴木尚典氏に
さらわれてしまいました。

もっとも、出場試合数2188、安打数2119、
打点1112はすべて球団3位の記録。

また、通算打率.302は外国人選手を除けば
歴代1位(1位は.305でL・ロペス)。
打撃の天才の評価に違わぬ通算成績です。

悔やまれるのは1995年のアキレス腱断裂の
大ケガ。この大ケガが打撃に及ぼした影響は
大きいといわれており、もしこのケガが
なければ広島史上No.1の打者になっていた
かもしれません。

このあたりの孤高感と大怪我がなければのIF
をファンに感じさせるのも魅力ですね。

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第3位:七色の変化球で100勝100S!大野豊


引用元:http://weblog.hochi.co.jp/hiruma/2017/02/5820132212-50ac.html

1980年代の広島の3本柱、大野豊が
3位にランクイン。

出雲市信用組合の軟式野球部で3年間
プレーしたのち1977年ドラフト外で
広島に入団。

軟式野球出身という珍しい経歴が注目を
集めました。
在籍は1977年から1998年までの22年間。

通算成績は707試合登板、148勝100敗
138S、防御率0.29という成績でした。

キャリアハイは沢村賞を獲得した1988年
でしょうか。この年チームは3位に留まり、
大野氏自身の勝利数自体は13勝どまりと
なりましたが、防御率1.70、14完投
4完封という圧倒的な成績を残しています。

主な獲得タイトルは以下の通りです。

最優秀防御率:2回(1988年、1997年)
最優秀救援投手:1回(1991年)
沢村賞:1回(1988年)

21年連続勝利は山本昌氏に抜かれるまでの
セ・リーグ記録。1997年シーズンには
最優秀防御率に輝いており、42歳でのこの
タイトル獲得は今なおプロ野球記録です。

1998年は開幕投手を務めるものの、
血行障害が悪化したことから引退を決意。
もっとも、42歳にして146キロのボールを
投げており、血行障害がなければあと数年は
やれていたかもしれません。

707試合登板は広島の球団記録であり、
プロ野球歴代12位の記録。長年にわたり
広島を支えた実績は後世に残る輝かしい
ものであります。

第2位:ミスター赤ヘル!山本浩二


引用元:https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/kennsyou/1168843964558.html

1968年に法政大学からドラフト1位で入団。
1986年に引退するまで18年間在籍。

通算成績は、2284試合出場、2339安打、
536本塁打、1475打点、打率.290でした。

キャリアハイは広島を優勝に導いた1980年
でしょうか。この年は、打率こそリーグ3位の
.336でしたが、44本塁打112打点で打撃2冠に
輝いています。

主な獲得タイトルは以下の通りです。

首位打者:1回(1975年)
本塁打王:4回(1978年、1980年、1981年、1983年)
打点王:3回(1979年~1981年)
最多出塁:3回(1979年、1980年、1983年)
MVP:2回(1975年、1980年)
ベストナイン:10回(1975年、1977年~1984年、1986年)

本塁打536本、打点1475、四死球1230は
堂々の球団記録。
特に本塁打はプロ野球歴代4位の記録で、
歴代屈指の長距離打者といえるでしょう。
1977年から5年連続40本塁打以上は史上
2人しかいない偉業です。

打者として語られることが多いですが、
走攻守3拍子揃った選手でもありました。
通算4637刺殺、154捕殺、4830守備
機会は今なおセリーグ記録。
11シーズン連続で2桁盗塁も記録。

1975年にチームを初優勝に導いた際に
見せた男泣きは今でもファンの脳裏に深く
焼き付いています。

広島出身で広島の英雄となったミスター赤ヘル。
その活躍の歴史は永遠に語り継がれることでしょう。

第1位:元祖鉄人、8つの球団記録を持つ男!衣笠祥雄


引用元:https://www.jiji.com/jc/d4?p=rnb016-jpp01574353&d=d4_rr

やはりカープの1位は2215試合連続出場の
日本記録を今なお持つ衣笠祥雄です。

1965年に投手として入団し、引退する
1987年までの23年間を広島で過ごしました。

通算成績は、2677試合出場、2543安打、
504本塁打、1448打点、打率.270でした。

キャリアハイは広島を4度目のリーグ優勝に
導いた1984年でしょうか。
この年は自身初となる打率3割以上、
100打点以上をマークする活躍。
意外にもこの年獲得した打点王が打撃部門
での唯一のタイトルでした。

主な獲得タイトルは以下の通りです。

打点王:1回(1984年)
盗塁王:1回(1976年)
最多安打:1回(1972年)
MVP:1回(1984年)
ベストナイン:3回(1975年、1980年、1984年)

3割以上を記録したのは1回、100打点以上は
1回、30本塁打以上は5回と思ったよりも
少ないですが、2543安打はプロ野球歴代5位、
504本塁打は歴代7位、1448打点は歴代10位
とプロ野球史上屈指の成績を残しています。

また、500本塁打、200盗塁は歴史上3人しか
いない偉業。

出場試合数(2677)
打席数(10634)
打数(9404)
得点(1372)
安打(2543)
二塁打(373)
塁打(4474)
三振(1587)

の8つで広島の球団記録を持っています。

獲得タイトル数は山本浩二氏が23、
衣笠氏が7と大きく差をつけられていますが、
それでも山本氏を上回ると判断したのは
やはり出場試合数と安打数。

引退するまで安定的な打撃でチームを支えた
その貢献度は大きいものがありました。

今よりスポーツ医療が発達していなかった
70年代~80年代に連続試合出場を記録した
のはまさに偉業。

選手寿命が延びているとはいえ、なかなか
抜くことができないまさに永久不滅の記録と
いえるのではないでしょうか。

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まとめ

いかがでしたでしょうか。

トップ5には選出しませんでしたが、
炎のストッパーこと津田恒実に触れない
わけにはいきません。

1981年に協和発酵からドラフト1位で指名
されると、1年目に先発として11勝を挙げ
球団初となる新人王を獲得。

しかし、2面目以降はケガなどにより登板
機会が減少しましたが、86年に抑えとして
復帰しリーグ優勝に貢献。

89年には防御率1.63、12勝5敗28Sで
最優秀救援投手に輝いています。

しかし、91年に脳腫瘍が発覚し同年限りで
引退し、92年に32歳という若さでこの世を
去りました。

最速153キロの速球で打者を力でねじ伏せる
投球は周囲に大きな影響を与えました。

今なおプロ野球選手の目標として挙げられ
続ける津田氏は永遠に語り継がれる
レジェンドのひとりといえるでしょう。

今まさに全盛期を迎えている広島カープ。
これらのレジェンドに迫って凌ぐ選手が
どれだけ出て来るか楽しみですね。

最後までお読み頂き有難うございました。