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オリックスバファローズ歴代レジェンドランキングトップ5!一位は誰だ?!

みなさんこんばんは、たかパパです。

コロナウイルスの影響でプロ野球の開幕が延期となってしまいましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

さて、今回は、オリックスのレジェンド選手をランキング形式で紹介していきたいと思います。

最初にお断りしますが、オリックスは近鉄と合併してできた球団ということもあり、近鉄出身の選手も含めてランキングしています。

もっとも、優勝回数など両球団の戦績などを踏まえると偏りが出てしまうことが予想されますが、その辺はご容赦ください。

個人的なランキングになりますので、贔屓のレジェンドが入っていない場合はごめんなさい。一個人の意見としてお楽しみいただければと思います。

それでは早速、5位から順にレジェンドを紹介していきたいと思います。

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5位 梶本隆夫(かじもとたかお)

引用:https://www.jiji.com/jc/d4?p=gif089-jlp04948422&d=d4_spo

阪急一筋20年、最多勝に輝くことなく200勝を達成した梶本氏。1954年に契約金が一番安かった阪急に入団すると高卒1年目から開幕投手に。この年、高卒1年目ながら20勝を挙げる活躍を見せました。その後、3年目には自己最多となる28勝を挙げるも惜しくも最多勝を逃すなど、通算4回も20勝以上を挙げたシーズンがあるものの最多勝には縁がありませんでした。50年代から60年代前半の阪急を支え、67年から69年にかけてチームをリーグ優勝に導いています。もっとも69年を境に思うような活躍をすることができず1973年に現役を引退しています。

梶本氏といえば、200勝以上上げた投手で唯一負け越している投手として有名です。リリーフなどで勝ち星をつけることを提案されても断るなどした結果の通算成績となっています。米田氏とのダブルエースは、記録の面からもチームへの功績からも後世に語り継がれる偉大なコンビと言えるのではないでしょうか。

4位 山田久志(やまだひさし)

引用:https://www.bbm-japan.com/_ct/17102806

史上最高のサブマリン投手こと山田久志氏を4位に選出しました。

1968年にドラフト1位で社会人から阪急に入団しましたが、当時の阪急は米田氏や梶田氏がいる投手王国。1年目こそはわずか7試合の登板で未勝利に終わっていますが、2年目は17敗を喫するも10勝を挙げ頭角を現すと、翌年の71年には22勝、その翌年には20勝で最多勝に輝いています。もっとも、72年を境にケガの影響もあり、引退がよぎるほど成績が低迷。しかし、76年にのちに代名詞となるシンカーを習得すると26勝を挙げる活躍で2度目の最多勝に輝きカムバックを果たしました。その後も86年までの17年にわたり2桁勝利を続け、通算で284の勝ち星を積み重ねました。また、チーム成績でも1年目のリーグ優勝を除いても8回の優勝に導いており、阪急の黄金時代を支えた大投手と言えるでしょう。

個人記録を見ても、最多勝3回、最優秀防御率2回、MVP3回と輝かしい実績を残した山田氏。近年の優秀なサブマリン投手は出ていますが、山田氏を超えるほどの実績を残すことはできていません。史上最高のサブマリン投手の称号はまだしばらく山田氏の手中にありそうですね。

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3位 福本豊(ふくもとゆたか)


引用:http://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20180905-10

世界の盗塁王こと福本豊氏が第3位に。福本氏は、1968年に松下電器からドラフト7位で阪急に入団。ドラフトが下位にとどまったのは低身長(168センチ)がネックになったといわれています。しかし、1年目から1軍出場を果たすと2年目の1970年からはレギュラーに定着し、75盗塁で初の盗塁王に輝くと、以後13年連続で盗塁王に輝いています。1983年のシーズンは6月に通算939盗塁を記録し、世界記録を樹立すると、9月には史上17人目の2000本安打を達成するなど記録づくめのシーズンでしたが、盗塁王は近鉄の大石大二郎氏に阻まれてしまいました。翌年には通算1000盗塁を達成したものの規定打席に到達。通算1065盗塁は今なお破られていない永久不滅の大記録です。また、在籍20年間で7度のリーグ優勝に導くなど、阪急の黄金時代を支えたレジェンド。現役時代から変わらないユーモアあふれる語り口で今なおプロ野球ファンを楽しませてくれていますが、盗塁に関する解説は世界の盗塁王であると認識させられる奥深さが垣間見られます。世界の盗塁王から技術や知識を盗み、1065盗塁の記録に挑戦する選手が出てくることを楽しみにしたいですね。

2位 鈴木啓示(すずきけいじ)

引用:https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/11/29/kiji/K20131129007103050.html

近鉄史上最高のエースと言っても過言ではない鈴木啓示氏を2位に選出しました。

鈴木氏は65年にドラフト2位で入団。高卒1年目から10勝を挙げると、以後15年連続2桁勝利、高卒2年目の67年から71年までの5年は20勝以上をマークするなど圧倒的な成績を残しました。また、奪三振も多く、65年から72年にかけて6年連続最多奪三振にも輝いています。もっとも、72年を境に奪三振が減っていますが、これはコントロールを重視する投球スタイルにモデルチェンジを図ったためです。これが功を奏し、77年には再び20勝をマークし、翌78年には25勝、防御率2.02など投手主要5部門のうち、勝率を除く4部門でリーグトップの成績を残しました。翌年は10勝にとどまるなど全盛期には程遠い成績でしたがチームのリーグ優勝に貢献。翌年も14勝を挙げ2連覇に導いています。

優勝はわずか2回ながらも通算317勝を達成した鈴木氏。当時はエースがリリーフで勝利を重ねることも多くありましたが、鈴木氏はリリーフを好まず、317勝のうち288勝を先発で挙げています。これは歴代1位の記録であり、おそらく永久不滅の大記録であるといえます。近鉄を支えた大エースは今後も語り継がれることでしょう。

1位 米田哲也(よねだてつや)

引用:https://www.nikkansports.com/baseball/news/1867237.html

1位はやはり、プロ野球歴代2位の350勝を誇る米田氏となりました。626先発は今なおプロ野球記録であり、おそらく今後も破られることがない永久不滅の大記録であります。

米田氏ですが、1956年に阪急に入団すると、高卒1年目から51試合に登板し、9勝を挙げると、翌年1957年から1974年までの19年間にわたり2桁勝利をマークするなど、阪急のエースとして大車輪の活躍をしました。

350勝を挙げ、20勝以上上げたシーズンが8回も記録した米田氏のベストシーズンを選ぶのは難しいですが、1シーズンを選ぶとしたらMVPに輝いた1968年シーズンとなるでしょうか。この年は最多勝こそ逃したものの、自己最多の29勝を挙げ、チームをリーグ2連覇に導きました。また、前年から翌年にかけてのリーグ3連覇を含む5度のリーグ優勝に導いた功績は今なお往年の阪急ファンの脳裏に焼き付いていることでしょう。

晩年は400勝を目指し、コンスタントに登板回数を得られる阪神に移籍しましたが、よき理解者のコーチが1年で退団となり、登板回数の減少や肉体的な衰えもあり、勝ち星を伸ばすことができませんでした。もっとも、350勝はプロ野球史に輝く大記録であることは間違いありません。阪急だけではなく、プロ野球を代表する最高のレジェンドとしてNo.1の称号を贈りたいと思います。

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まとめ

皆さんいかがでしたでしょうか。

現在のオリックスは、オリックスブルーウェーブと近鉄バファローズが合併してできた球団です。歴史ある2球団が合併してできた球団ではありますが、両球団の優勝回数に差があったこともあり、オリックス出身の選手が多くランクインする結果となりました。

おそらく「あれ?」と思われた方もいると思います。それもそのはず、ランキングにプロ野球最高の天才打者「イチロー」の名前が入っていません。


出展元:https://www.sanspo.com/baseball/news/20190323/buf19032305030001-n1.html

理由は、冒頭にお伝えした通り、在籍期間における通算成績をもとにランキングを算出したためです。もはや紹介するまででもありませんが、日米通算で4367安打というとてつもない大記録をマークしています。しかし、オリックス時代に限れば(当然ですが)在籍期間9年で1278安打とランキングで紹介したレジェンドに及ばない結果となってしまいます。
ランキング内で紹介したかったのですが、なるべく客観的なデータに基づき算出した結果として理解いただければと思います。

もっとも、イチロー以外にもランキングには入りませんでしたが、田口壮氏、野茂英雄氏、吉井理人氏、谷佳知氏、中村紀洋氏、梨田昌孝氏などプロ野球ファンなら必ず知っている方ばかりというそうそうたる顔ぶれです。このレジェンドたちですらランクインできなかったのはそれだけ層の厚いというべきなのでしょうか。

そのオリックスも実に24年もの間、優勝から遠ざかっており、近年は球界を代表する選手といえる選手をなかなか輩出できていませんでした。しかし、ここにきて吉田選手や山本投手、山岡投手などが球界を代表する選手にまで育ってきております。今シーズン以降、さらなる飛躍を遂げ、きっといつの日か歴代のレジェンドに並び、それを超える選手になることを期待したいですね。

最後までお読みいただきありがとうございました。