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読売ジャイアンツ歴代レジェンドランキング!巨人の1位はやっぱりあの選手!?

こんにちは、たかパパです。

「球界の盟主」としてプロ野球人気の中心を担い続けてきた

読売ジャイアンツ。

全盛期はV9を達成するなど、他に類を見ない強さを誇っていました。

2012年~2014年に三連覇を達成して以降不調が続いています。

今季も交流戦を挟んで球団ワーストの13連敗を喫するなど、世代交代に

失敗して暫くは立て直しのシーズンが続きそうですね・・・。

今でこそ不調ですが、2000年代の16シーズンで8回の優勝を遂げており、

過去に渡っては44回もの優勝は勿論NPBではブッチギリの回数です。

そんな中でも凄い成績や歴史を残した選手たちをクローズアップし、

ランキング形式でご紹介したいと思います。

伝統的に強いジャイアンツのレジェンドは星の数ほどいますが、

超ビッグネーム以外は筆者がリアルタイムで観てきた選手を中心に

私の主観で10人選ばせてもらいました。

昭和のレジェンドたちは実際に見ていませんので、今回は

エントリーされなかったレジェンドのファンの方は

ゴメンナサイ(^^ゞ

↓巨人の助っ人外国人ランキングはこちら↓

読売ジャイアンツ歴代助っ人外国人ランキング!巨人の1位はやっぱりあの選手!?
皆さんこんにちは、たかパパです。 今回は巨人の歴代助っ人をランキング形式でご紹介したいと思います。 巨人といえば「球界の盟主」と...


第10位 吉村禎章


出展元:http://mikarin1215.com/supo-tu/yakyu/4855/

現役期間:1982年〜1998年
通算:打率.296、149本塁打、535打点

ON後のジャイアンツの主軸を担い、天才の呼び声も高かった吉村選手を

10位に選んでみました。

1983年〜1988年途中まで打率3割をマークして天才の名前を欲しいままに

しましたが、1988年に栄村選手と守備の交錯で大怪我を負います。

左膝の4本ある靭帯のうち3本が完全に断裂し、神経も損傷するという

「交通事故レベル」と言われる大怪我を負ってしまいます。

30年前、左膝靭帯断裂は重度の障害者認定を受けるほどの大怪我で、

当時の日本の医療では治療する術が無かったため、渡米して

スポーツ医学の権威であるフランク・ジョーブ博士の執刀を

受け、一年間にわたる苦しいリハビリで翌年から徐々に試合に出ます。

元々は軸足である左足に重心を乗せるバッティングフォームでしたが

怪我の影響で左足の感覚が全く無くなってしまったため、軸足を

右足に変えるという、バッティングフォームを完全に変えての

復活を遂げたのは本当にスゴイことですね。

ネット上では

「怪我が無ければ巨人の4番は原ではなく吉村」

という声も多数見受けられますし、

「イチローを超える記録を打ちたてていたかも?」

という声まであります。

元広島の前田智徳選手もそうですが、もし怪我が無ければ?!と

常に想像させてくれる選手ですね。

第9位 阿部慎之助


出展元:http://pinky-media.jp/I0013551

現役期間:2001年〜2017年現在
通算 打率.285、381本塁打、1171打点

キャリアハイは2004年の打率.301、本塁打33、打点77か

2012年の打率.340、本塁打27、打点104のどちらかでしょう。

今も現役でプレーしている阿部慎之助選手。

巨人の捕手で4番、さらにキャプテンを務めるなど攻守にわたり大活躍。

チームの精神的支柱としても支えてきました。

「阿部の巨人」と言わしめたほど、強い巨人を支えた選手です。

古くはノムさんや、その愛弟子である元ヤクルトの古田選手や

元中日の谷繁選手など、守備力やリードで最強捕手議論に

登りますが、阿部選手は間違いなくその中で打撃力は飛び抜けています。

キャッチャーという括りを外しても2000年代最高のバッターの

ひとりとして間違いないでしょう。

調子がいい時の阿部捕手は本当に手が付けられませんよね。

どこに投げても痛打されるイメージがあります。

日本代表でも捕手、4番、キャプテンを務めていましたがこれから先、

阿部選手のような若手が出てくることはあるのか。

やはり偉大な選手です。

怪我で離脱していますが、今シーズン中の2000本安打達成は

成るのでしょうか?

↓阿部捕手に関する記事はこちら↓

阿部慎之助(巨人)2000本安打達成はいつ頃?残り本数も気になる!
みなさんこんにちはたかパパです。 いよいよプロ野球が開幕して、開幕3連戦が終了しましたね。 皆さんの贔屓球団の調子はいかがでしょ...


第8位 桑田真澄

出展元:http://pixls.jp/I0001426

現役期間:1986年〜2006年
通算:173勝141敗、防御率3.55、1980奪三振

PL学園のKKコンビで話題を呼び、その当時のPL学園は高校野球の

歴代でも最強の呼び声が高いですね。

同期の清原選手にドラフトの注目が集まる中で、桑田投手は

早稲田大学進学を表明していましたが、巨人が単独指名して

1本釣りに成功しました。また、巨人入りを熱望していた清原選手は

この結果に涙を流し、二人の友情にも亀裂が入ってしまいます。

ルーキーシーズンの1986年は2勝1敗にとどまりましたが、

2年目の1987年から開花し、15勝6敗で沢村賞獲得。

藤田監督時代は斎藤桑田槙原の盤石の3本柱として活躍しました。

桑田投手の野球人生の転機となったのは1995年6月15日の阪神タイガース戦。

三塁線の小フライに飛びついた桑田投手は右肘の側副靭帯断裂の重傷を

負ってしまいます。

その後渡米して現在で言うトミージョン手術を受け、苦しいリハビリを

乗り越えて復帰を果たしました。

フィールディングも抜群で、打撃も良く、野球脳に優れた投手でしたので

怪我さえなければ200勝は確実だったと思います。

現役時代の報道で数億の借金を巨人が肩代わりして云々と叩かれて、

ちょっとヒール的な扱いを常に受けていたのが可哀そうでした。

上背は無いのに素晴らしいボールを投げていますよね。

理論派ですので、早く指導者として現場に戻って欲しいと思うのは

筆者だけでしょうか?

第7位 斎藤雅樹


出展元:http://number.bunshun.jp/articles/-/824949

現役期間:1983年〜2001年
通算:180勝96敗、防御率2.77、1707奪三振

デビューしてから数年間は「蚤の心臓」とメンタルの弱さを指摘され

一軍と二軍を行き来していましたが、7年目の1989年に大きく開花!

1989年は30試合に先発して20勝を挙げ、5月から7月15日まで、日本記録となる

破竹の11連続完投勝利を収め、その年のジャイアンツの日本一にも貢献して

沢村賞も獲得。

翌1990年も20勝、MVPに輝き、「平成の大エース」、「ミスター完投」と

評されました。

筆者はこのころの強い巨人が大好きで毎日試合を食い入るように見てました。

この時期の阪神ファンには忌み嫌われることこの上なかったでしょうね(笑)

ちなみに主要な獲得タイトルは・・・
最多勝利5回 (1989年、1990年、1992年、1995年、1996年)
最優秀防御率3回 (1989年、1990年、1996年)
最多奪三振1回 (1995年)
最高勝率3回 (1990年、1992年、1996年)
MVP1回 (1990年)
沢村賞3回 (1989年、1995年、1996年)
ベストナイン5回 (1989年、1990年、1992年、1995年、1996年)
最優秀投手5回 (1989年、1990年、1992年、1995年、1996年)
ゴールデングラブ賞4回 (1990年、1992年、1995年、1996年)

と輝かしい成績を収めています。

晩年は故障が相次いで精彩を欠き、200勝に届かず引退しました。

やはり故障しないというのも200勝到達の大きな条件ですね。

現在はジャイアンツの二軍監督を務めています。


第6位 江川卓


出展元:http://www.ad-vank.com/2016/08/23/post-3878/

現役期間:1979年〜1987年
通算:135勝72敗、防御率3.02、1366奪三振

江川投手と言えば高校野球での怪物フィーバーと、日本中を巻き込んだ

「空白の一日」の入団時の騒動がまずは思い起こされますね。

悪い意味で注目され過ぎていた1年目は今一つの成績でしたが、

プロ2年目で最多勝と最多奪三振を獲得します。

3年目は20勝6敗、防御率2.29、221奪三振で

「最多勝」
「最優秀防御率」
「最多奪三振」
「最高勝率」
「最多完封」

の投手五冠を達成。

まさに空前絶後の活躍です。

80年代を代表する大エースとして君臨しますが、怪我に泣かされて

プロ実働9年、32歳という若さで引退します。

引退年の1987年も13勝5敗という見事な成績だったのですが・・・。

当時小僧だった筆者は若すぎる引退について理解できませんでした。

江川投手と言えばストレートというイメージがありますが、

近年は150km/h後半が当たり前になってきましたが、それらの

現代の投手よりもストレートが早く感じます。

どんな剛球投手が出現しても『…いや、でもやっぱ江川には敵わんよな』
とか思ってしまいます。老害です。老害でいいと思ってます。
テレビ越しとは言え、あのボールをリアルタイムで見られて幸せでした。

上の動画で、上記のようなコメントがあるあたり、

記録よりも記憶に残る投手なのでしょうね。

当時の阪神の最強打者として何度も対戦したバース選手は

「日本、アメリカを通じて今まで対戦した中で最高の投手」と讃えています。

現在は解説者として活躍されていますが、確固たる野球理論をお持ちですので

早く現場に復帰して欲しいなと思うのは筆者だけでしょうか?

ちなみに、小学館のビッグコミックスペリオールで連載されている

「江川と西本」は当時を見事に描いていて必見です。

機会がありましたら是非読んでみてください。

第5位 松井秀喜


出展元:https://matome.naver.jp/odai/2142526835372012701

NPB在籍期間:1993年〜2002年
MLB在籍期間:2003年~2012年
NPB通算(10年) 打率.304、332本塁打、889打点
MLB通算(10年) 打率.282、175本塁打、760打点

筆者が大好きだった選手の松井秀喜選手を5位に選びました。

甲子園での5打席連続敬遠でも話題を呼びましたね。

筆者は松井選手の大ファンでして、甲子園の5敬遠もリアルタイムで

観ましたし、巨人入りしてからも応援し続けていました。

松井選手がMLBに行ってしまってから巨人戦を見る興味が半減してしまい

ほとんど観なくなった時期があります(^_^;)

長嶋茂雄監督との師弟関係やストイックに打ち込む姿など、まさに現代の

レジェンドでしょう。

松井選手とイチロー選手の全盛期をリアルタイムで観ることが

出来たのは本当に幸運だったとおもいます。

NPB最終年の2002年は打率334、50本塁打、107打点と、ホームランと

打点王の二冠を獲得!打率を福留選手にギリギリで抜かれなければ

三冠王という最高の成績を納め、メジャーへ挑戦します。

ヤンキースへ移籍後はNPB時代ほどの爆発的なホームラン数は

叩きだせませんでしたが、チームバッティングに徹する姿は

チームメイト達からも厚い信頼を勝ち得ていましたね。

今改めて動画などを見るとコンパクトでシンプルイズベストと

いうべき理想的なフォームですね。

MLBのキャリアハイは2004年の打率.298、本塁打31、打点108

でしょうか。

イチロー松井以後のMLB挑戦した日本人野手の状況を考えると

まさにレジェンドと呼ぶに相応しいですね。

こと打球を飛ばすことに関してはこの20年でNO1の選手でしょう。

松井ファンの筆者はついつい観ふけってしまいます(笑)


第4位 張本勲

NPB在籍期間:1959年〜1981年
ジャイアンツ在籍:1976年~1979年
通算 打率319、504本塁打、1676打点

サンデーモーニングでのあっぱれで有名な張本さん。

なんとなく巨人はもっと長く居た印象がありましたが、

巨人在籍はキャリア晩年の3年間だけだったのですね。

テレビでは毒舌で有名ですが、現役の頃は本当にすごかったです。

こうやって見ると見事な流し打ちですね。すり足打法も印象的です。

キャリアハイは1970年の打率.383、34本塁打、100打点、16盗塁、

出塁率467、長打率649、OPS1.16です。

現役の頃はほとんど3割をマークしており、素晴らしい選手でした。

獲得したタイトルは
首位打者7回 (1961年、1967年 – 1970年、1972年、1974年)
※7回は日本タイ記録、4年連続は歴代2位。
最高出塁率9回 (1962年、1964年、1967年 – 1970年、1972年 – 1974年)
※歴代最多、タイトル設立は1962年。
最多安打3回 (1970年、1972年、1976年)※当時連盟表彰なし。
新人王 (1959年)
MVP1回 (1962年)
ベストナイン16回 (1960年 – 1970年、1972年 – 1974年、1976年、1977年)
野球殿堂入り (競技者表彰:1990年)

通算3085安打は日本記録で、イチロー選手の日米通算記録では抜かれましたが、

恐らくは今後破られることのない不滅の大記録でしょう。

第3位 金田正一


出展元:https://matome.naver.jp/odai/2138975488090199901

NPB在籍期間:1950年〜1969年
ジャイアンツ在籍:1965年~1969年
通算:400勝298敗、防御率2.34、4490奪三振

NPB最高記録である400勝投手の金田正一さんを3位に選びました。

1958年には31勝、防御率1.30、311奪三振の三冠王に輝きます。

改めて映像を見ると当時で183cmという長身で左腕でストレートが

150km/h後半ってそりゃそうそう打てるはずがありません。

巨人の通算勝利は47勝しかありませんが金田選手がチームにいる相乗効果は

大きく、金田選手の練習に対する姿勢が若手選手にいい刺激をもたらし、

活気が出ました。

それもあってチームは9連覇を果たすなど長期政権を維持していたのです。

しかし改めて調べてみると当時のレジェンドたちは本当に投球回数とか

凄いですね。

NPB通算20年で、944登板、完投365、投球回5526.2(!)、

通算防御率2.34、WHIP1.07とかもう意味不明ですね。

これだけの登板数は投手を酷使する時代の産物ではあるのですが、

致命的な故障をせずに20年もの間勝ち続けた点が金田投手の

真骨頂なのでしょうね。

今のNPBのシステムでは通算400勝は絶対に破られることはないでしょう。

日本で1番勝った投手、堂々の3位にランクインです。


第2位 王貞治


出展元:https://matome.naver.jp/odai/2143230905157211901

現役期間:1959年〜1980年
通算 NPB22年 2786安打、打率.301、868本塁打、2170打点

言わずと知れた世界のホームラン王、王貞治選手を2位に選びました。

長らく破られなかった日本記録である年間55本塁打と未だ不滅の

大記録である通算868本塁打は誰もが知っていますね。

キャリアハイはどれだか迷うくらい毎年素晴らしい結果を残しています。

1973年は打率355、51本塁打、114打点。

1964年は打率320、55本塁打、119打点。

ここら辺りがキャリアハイと言っていいのでは、と私個人は思います。

16年連続100四球を選ぶなど相当警戒されていたのがわかる選手です。

タイトルをまとめてみると
首位打者5回(1968年 – 1970年、1973年 – 1974年)
※5回は歴代4位タイ、セ・リーグ歴代2位、3年連続はセ・リーグタイ記録
本塁打王15回(1962年 – 1974年、1976年 – 1977年)
※15回、13年連続はいずれも歴代最多
打点王13回(1962年、1964年 – 1967年、1971年 – 1978年)
※13回、8年連続はいずれも歴代最多
MVP9回(1964年 – 1965年、1967年、1969年 – 1970年、1973年 – 1974年、1976年 – 1977年)
※9回は歴代最多
ベストナイン18年連続18回(1962年 – 1979年)
※回数はセ・リーグ最多、連続回数は歴代最多
野球殿堂競技者表彰(1994年)
国民栄誉賞(1977年)

868本塁打という通算本塁打、10年間50本打ち続けても届かない

遥か高い大記録です。

「王貞治としてのバッティングができなくなった」と40歳の1980年に

引退しましたが、引退年の成績は

打率.236、本塁打30本、打点84という見事なものでした。

第1位 長嶋茂雄


出展元:http://pinky-media.jp/I0007189

現役期間:1958年〜1974年
通算 NPB17年 2471安打、打率305、444本塁打、1522打点

堂々1位は「ミスタープロ野球」長嶋茂雄さんです。

闘志溢れるプレイと、漫画か?と思わせるほどの無類の勝負強さで

巨人の4番打者として活躍し続け、高度成長期の日本の国民を熱狂させた

本物の大スターでした。

ホームランを打ち続けた王選手とよく比較されますが、その比類ない

勝負強さで記録は勿論ですが、熱く記憶に残る選手ですね。

打低の時代でしたが、長嶋王の2人は頭二つ抜けていたんでしょうね。

1963年は打率341、37本塁打、112打点で首位打者と打点王、MVPにも選ばれました。

獲得したタイトルは
首位打者6回 (1959年 – 1961年、1963年、1966年、1971年)
※6回は右打者記録、セ・リーグ記録。3年連続は右打者タイ記録、セ・リーグタイ記録。
本塁打王2回 (1958年、1961年)
打点王5回 (1958年、1963年、1968年 – 1970年)
MVP5回(1961年、1963年、1966年、1968年、1971年)※歴代2位タイ。
新人王(1958年)
ベストナイン:17回(1958年 – 1974年)
※入団から引退まで現役全シーズンのベストナイン受賞は史上唯一。
野球殿堂競技者表彰(1988年)
国民栄誉賞(2013年)

成績以上に凄いのがその勝負強さ、得点圏の場面ではほとんど打っていたと

いうくらい勝負強い選手でした。

天皇陛下が観戦した天覧試合でのサヨナラホームランなどは非常に

印象深いですね。

それ故に敬遠が付いて回る選手だったのですが有名な話があります。

あまりにも敬遠が多かったため、長嶋茂雄さんはバットを持たずに打席に入りました。

この行動の裏には、ファンは敬遠を見に来ているんじゃなくバットを振る姿を

見に来ているんだという気持ちからそうした行動に出たのだとか。

結果は四球と、バットを持たずとも一塁に到達できる長嶋茂雄さんは本当に凄い。

長嶋選手といえば、数多くの天然伝説がありますね。

そんな三枚目の天然キャラクターも皆に愛される理由だったんでしょうね。

堂々の1位に選ばせていただきました。

まとめ

いかがでしたでしょうか?巨人の歴代選手のランキングでした。

やはり過去のレジェンドたちは恐ろしい成績を残していますね。

過去の選手ほど凄い、と唸らされる選手が多いのは何故なんでしょうか。

王貞治さんや長嶋茂雄さんみたいな選手が今後現れてほしいものですね。

以上で終わりたいと思います。

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