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中日ドラゴンズ歴代助っ人外国人ランキングトップ5!一位はやっぱりあの選手?

みなさんこんばんは、たかパパです。

今回は、中日ドラゴンズの助っ人外国人ランキングをご紹介したいと思います。

中日は12球団トップクラスといっても過言ではないほど外国人選手に対する

目利きがいいといわれています。

歴代最強助っ人といわれて思い浮かぶ選手はかなり多く、人によって大きく

見解が分かれるでしょう。

歴代助っ人トップ5を選出しましたが優秀な助っ人が多く絞り込みに苦労しました。

異論反論あるかと思いますが、懐かしの助っ人を思い出しながら楽しんでもらえればと

思います。

それでは5位から順に紹介していきたいと思います。

各球団の助っ人ランキングはこちら【随時更新中】

5位 アロンゾ・パウエル

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6年間在籍し、3年連続首位打者、4年連続のベストナインに輝いたアロンゾ・パウエル。

92年に来日し、規定打席に未到達ながら3割をマーク。

その後、96年まで5年連続で3割越えの打率を残しています。

打率 安打 本塁打 打点
1992 .308 93 13 35
1993 .317 125 27 66
1994 .324 137 20 76
1995 .355 138 19 69
1996 .340 176 14 67
1997 .253 96 14 56

初の首位打者に輝いた94年以降は4番を務めていましたが打点は少なめ。

要因として、本塁打が少ないことが考えられますが、得点圏打率の低さにもあります。

もう少し勝負強ければ80打点前後は稼ぎ、チームに貢献できていたかもしれません。

もっとも、3年連続首位打者は外国人では初めてであり、プロ野球史上でもパウエル選手

含めて5人しかいないことを考えると中日史上最強の助っ人の一人といえるのでは

ないでしょうか。

惜しむらくは、優勝をもたらすことができなかったこと。

優勝をもたらすことができていればもう少し上位にランクインできたかもしれません。


4位 レオ・ゴメス

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97年に来日し、6年間在籍したレオ・ゴメス。

99年には11年ぶりのリーグ優勝に導いています。

個人タイトルには恵まれませんでしたが、97年と99年にサードとして

ベストナインに輝いています。

打率 安打 本塁打 打点
1997 .315 152 31 81
1998 .274 115 26 76
1999 .297 141 36 109
2000 .289 127 25 79
2001 .306 89 19 61
2002 .267 66 16 43

2001年はシーズン途中に再加入のため規定打席に未到達。

2002年はケガに苦しんだこともあり2001年に続いて2年連続で

規定打席に到達できませんでした。

この2シーズンを除くと4年連続で20本塁打以上、80打点前後をマークしています。

チームを優勝に導いた99年は当時の球団外国人選手の最高成績(36本塁打、109打点)を

マークしています。

6年間で優勝は1回だけですが、2位には2回導いています。

シーズン中に好不調の波が激しかったことから、もう少し安定的に活躍できていれば

もう1回くらいは優勝に導けたかもしれません。

もっとも、成績とチームへの貢献度を考えれば中日歴代最強助っ人の一人には

まちがいありません。

3位 トニ・ブランコ

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2009年から4年間在籍、2010年と2011年に2年連続のリーグ優勝をもたらした

トニ・ブランコ。2009年には本塁打王と打点王に輝いています。

打率 安打 本塁打 打点
2009 .275 151 39 110
2010 .264 130 32 86
2011 .248 69 16 48
2012 .248 77 24 65

2011年は前年度の不振の影響もありシーズン当初レギュラーを外れることが多かった

こともあり成績は低迷。

2012年も先発出場の減少とケガの影響から2011年同様の成績となっています。

もっとも、2年連続30本塁打以上は歴代の助っ人の中でもトップクラスの成績。

また、2年連続でリーグ優勝に導いたことも評価を高める1つの要因となっています。

惜しむらくは、2009年と2010年に150以上の三振を喫し三振王に輝くなど

安定感を欠くとともに、ファーストながら10以上の失策を犯すなど守備能力が

低かったこと。

もう少しチームバッティングができ、守備でも貢献できていればもう少し活躍

できていたかもしれません。


2位 タイロン・ウッズ

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筋肉パネェ(笑)

2005年から4年間在籍し、本塁打王と打点王にそれぞれ1回、ベストナインに2回輝いた

タイロン・ウッズ。

2006年には外国人選手で中日史上最高の成績をマークし、チームをリーグ優勝に導き、

翌2007年には53年ぶりの日本一に導きました。

打率 安打 本塁打 打点
2005 .306 155 38 103
2006 .310 162 47 144
2007 .270 126 35 102
2008 .276 135 35 77

横浜で2年連続40本塁打以上を放ち本塁打王に輝いた実績をひっさげ

2005年に中日に移籍。

2008年に中日を退団するまで6年連続30本塁打以上を記録したプロ野球史上最高の

助っ人の助っ人のうちの一人です。

2007年はケガの影響もあり、シーズン後半に調子を落とすとチームもウッズ選手の

成績と比例するように低迷。最終的に優勝を逃してしまいました。

2008年は成績不振もありスタメンを外れることが多くなりこのような

成績に終わっています。

惜しむらくは、2007年シーズン。

ケガの影響がなければ3冠王も狙えるだけのペースだっただけに残念な印象が残っています。

もっとも、中日に在籍した4年間で155本塁打、426打点は驚異的な成績。

また、チームを悲願の日本一に導いた実績も加味するとファンならずとも

忘れることのできない助っ人です。

1位 郭源治

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出展元:http://blog.livedoor.jp/hikahoshi1621/archives/24893047.html

やはり中日の助っ人1位は郭源治おいて他ならないでしょう。

在籍16年、チームを2度のリーグ優勝、9度のAクラスに導いた中日のレジェンドの一人。

個人成績では、最優秀防御率に1度、最優秀救援投手に2度、MVPに1度輝く活躍。

また、史上6人しか達成していない100勝・100セーブをマークしています。

登板数 防御率 勝利 セーブ 投球回数
1981 6 6.43 1 0 21.1
1982 34 3.48 9 0 176
1983 32 3.75 10 0 213.1
1984 34 3.25 13 0 216
1985 34 3.48 11 3 230.1
1986 30 3.65 11 0 177.1
1987 59 1.56 4 26 98
1988 61 1.95 7 37 111
1989 42 2.31 5 25 74
1990 22 5.21 2 0 67.1
1991 33 2.71 13 2 163
1992 18 3.00 4 0 90
1993 39 3.43 3 17 107.2
1994 21 2.45 8 2 139.1
1995 26 4.02 5 4 80.2
1996 5 3.18 0 0 5.2

最速151キロのストレートを武器に、スライダーやシンカーなど多彩な変化球を

操り打たせて取るピッチングスタイルが持ち味でした。

83年から4年連続2桁勝利を挙げたこともさることながら、3シーズン連続200イニング

以上投げた鉄腕ぶりもすごいところです。

また抑えに回った87年からの3シーズンも100イニング近く投げており超人的な

タフさを持っていました。

16シーズンで最も輝いていたのはチームをリーグ優勝に導き、自身もMVPに輝いた88年。

惜しくも日本一は逃しましたが、自身最高となる37セーブを挙げ、防御率も1点台と

抜群の安定感でリーグ優勝に貢献しました。

16年間チーム事情によって先発に抑えと頻繁に役割が変わる中で自身の役割を果たし、

チームの勝利に貢献した姿は尊敬できるところです。


まとめ

いかがでしたでしょうか。

個人的に迷いましたが宣銅烈投手が6位でしょうか?

中日は近年でも優秀な外国人を補強しています。

2005年から5年間活躍し現在はメジャーリーグで活躍中のチェン投手、

2013年から3年間在籍し2014年にベストナインにも輝いたルナ選手、

昨年本塁打法に輝いたゲレーロ選手などが在籍していました。

ここまで優秀な外国人選手を次々獲得できるのは他球団からすると

うらやましい限りではないでしょうか。

近年は世界各地の選手の映像を入手することが容易になっているとはいえ、

ここまでヒットを連発するのはなかなかのもとといえます。

今シーズン入団した新外国人選手は歴代の外国人選手と同様大活躍できるか

注目ですね。

トップ5人のうち3人は星野監督のもとでプレー。

お金をかけてでもしっかり活躍できるいい選手をとる星野監督の方針が

しっかりと結果にも表れています。

この方針は今なお中日に生き続いている気がします。

星野監督のご冥福をお祈りいたします。

最後までお読みいただきありがとうございました。